【1000文字】32歳の人生ゲーム
「人生ゲームってさ、人生なんだよ」
薄暗いバーで、森田がグラスを傾けながらよくわからないことを言ってきた。
大学時代の同級生である森田は、いつも妙におしゃれなバーで意味のわからない話をしてくれる。
僕は正直その時間が嫌いではないので、年に1度くらい会っている。それ以上はしんどいという判断での年1だ。
「人生のコマってなに」
「この前、知り合いの新築祝いみたいなのあって、その時久しぶりに人生ゲームをやったんだよ、あの車のコマ」
「ああ、あれ」
「俺の人生みたいだったよ」
「?」
森田はフッと笑った。会ってから一度も俺の目を見ていない。
「結婚して子供何人もできてさ、ピンがたくさん刺さって、でかい家買って、幸せにゴールする人もいてさ」
「そういうゲームだからね」
「いや、それはあのゲームの1つの表情でしかない。一方では、ピン1つのまま株券ケチってビリになって、開拓地送りになる俺みたいなのもいたんだよ」
「あのゲームで株券ケチる人いるんだ」
「サラリーマンを選んだらお金が全然貯まらなくて」
「あのゲームでサラリーマンルート進む奴いるんだ」
「みんなはどんどんお金が儲かって。こんな理不尽なゲームがあるのかよって思ったね」
「株券ケチったからじゃないの?」
「同級生は結婚してる奴も増えたし、子供ができた人もいる。人生ゲームで言えばコマは中盤で、もうピンが3つ刺さってるんだよ」
「まあまあ、そうね」
「中川なんか家を買って2人目が産まれる。もう4つだよピンが」
「そうね、その理論でいくと、中川はだいぶ進んでるねコマが」
「俺はどうだ!? まだマッチングアプリで苦戦中なんだぞ!?もう32なのに!ピンは1つのままだ」
「まあまあ、マッチングアプリ頑張ってピン増やしなよ」
「アプリ3つやってて会ったらおごってるからお金もあんまりないしさ!」
「3つも」
「Tinderはそもそもマッチしないし、タップルは30超えたら厳しくなったし、Pairsは最初のメッセージで家事の分担がどうとか聞かれるし!」
「苦戦してるなあ」
「正直ご祝儀代も厳しいよ、めでたいことだけどさ、焦っちゃうし」
「稲田さんも結婚したしねえ」
「みんなが結婚してご祝儀を10000ドルもらう!とか、子供が産まれて10000ドルもらう!とかそういうマスにいるのに!」
「俺だけ!」
「俺だけが!」
「俺だけが! 『マッチアングアプリで苦戦!3000ドル払う』ってマスにいるんだよ!」
ひとしきり笑った後、終電に乗るために解散した。
「アプリで1回会った子に先週LINEしたんだけどまだ既読がつかないんだよね。サブアカでグループに招待して探ってみるしかないかな?」
電車内で日付が変わる、今日も彼のコマは進まないのだろう。
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